Web開発の歴史 - 私とWorld Wide Web



 初期のWWWハイパーテキストの例

質問:現在のWebと比較できるような初期のWebの例をお持ちですか?

 残念ながら1990年および'91年頃の非常に初期のスナップショットは持ってないのですが、 '92年11月のWebのスナップショットならあります。そのほとんどはもっと以前のものです。(何ら かの理由でNetscape3.0では起動しないページがあります。また、何らかの理由もしくは単純にバグ があるために旧HTML形式のものでも作動しませんが、Internet Explore4.0では作動します)。 1990年度ヨーロッパ・ハイパーテキスト会議での設計図の発行リストと旅行報告書、「標準化の形 態」に関するメモ、Webのトポロジーに関する共有メモにあるジャン・フランソワ・グロフが注釈 した協調的道具としてのWebの使用例があります。 もしあなたが、私の書いたIE4.0のようなCSS適用ブラウザを使った「オンライン・ハイパーテキス トのためのスタイルガイド」を読んで、オリジナルのブラウザやエディタ・ソフトでデフォルトと して私が使った実際のスタイルシートをほぼCSSスタイルシートへ変換しても、ページは元のものと 良く似ています。 歴史的資料におけるリンクには間違ったリンクで偶然保存されたものもあります(ずっと後に)。 もし、本当にそれらをたどりたいと思うなら、接頭辞を取り除けばそれらの正しい行く先を見るこ とができるのです。

質問:標準というものが設定され守られるという考えは野心的でしょうか?またそれはより寛 大で親切だった時代のなごりでしょうか?

 異なった機種、企業、オペレーティングシステム、アプリケーション間での情報交換の非互換性や 不可能性のある時代を、あなたは「より寛大で親切」だと思いますか?それは過酷で苛立たしい時 代というものです。Webはユーザに寛大さと親切さをもたらし、技術への信頼をもたらし、それが どこのIT産業にとっても慰めとなりました。新たな希望も生まれました。その結果、次々に素晴ら しい事が超高速で起こっています。ですから今という時代は、より高速でエキサイティングな時代 なのです。
企業というのは、一つの特性をめぐって皆が成し得るまで競争することが面白いことを知っていま 。やがてその特性は基本の一部となり、誰もが一つの標準的な方法でやりたいと思うようになるの です。賢い企業というのはそれを完成させる競争をしているのです。つまり、機能性、スピード、 使い易さ、サポートといった製品を差別化するその他多くの局面においての競争なのです。