Web開発の歴史 - 私とWorld Wide Web

私とWorld Wide Web


Tim Berners-Lee

 人間にもコンピュータにもそれぞれ得意とするものがあり、両者には共通点がほとんどないのが常であった。私は1950年代から'60年代にかけて、人間とコンピュータの違いを教えられた。つまり、直観力と理解力が人間の特性であり、計算表とヒエラルキーの中で機械的な作業をするのがコンピュータであるということだ。

 コンピューターをシステム化する上で成しえなかったことがいくつかあるが、そのひとつは、本質的に異なるものをランダムにまとめて記憶させることである。もっともこれは、コンピュータの中枢部においては比較的うまく行われてきたことではあった。1980年、私は、ランダムにリンクし合う情報を記憶させるためのプログラムをいろいろと考えていた。CERN(欧州素粒子原子核研究所)に勤務していた'89年、世界的規模のハイパーテキスト・スペース開発を提案した。それは、ひとつの"UDI"でいかなるネットワークからでも情報にアクセスすることができるというものだった。当時の上司であったマイク・センドール氏からゴーサインをもらい、'90年に、"NeXT"コンピューターで作動させるポイント&クリック・ハイパーテキストエディターという"WorlDwidEweb"プログラムを作成した。この"WorlDwidEweb"プログラムと最初のWebサーバーをあわせて、まずは高エネルギー物理学界に、'91年の夏にはハイパーテキスト界およびNeXT界にリリースした。また、当時学生だったニコラ・ペロー女史によって、どのコンピュータでも実行できる"line mode"ブラウザが利用可能になった。私は、広く一般に受け入れられ活発な議論がなされるよう、UDIs (現在はURIs)、ハイパーテキスト・マークアップ言語(HTML), ハイパーテキスト転送プロトコル(HTTP)のそれぞれの仕様を発表した。

 Webには情報共有スペースという夢があり、そこでは互いが情報を共有しながら通信し合う。Webの持つ広範性は最も重要なものである。事実、個人に関するものであれ、一部地域あるいは世界規模のものであれ、未完成のものであれ、高度に洗練されたものであれ、ハイパーテキスト・リンクは何にでもつながることが可能だ。 Webの夢には第2章まである。人々の暮らしの中に広く根づいてきたウェブは、仕事や遊び、社交といった我々の現実を具体的に映し出す鏡となったことである。つまり、一旦インタラクションがオンライン化されると、コンピュータでそれを分析でき、オンライン上のどこで何をしているのかもわかり、お互いのより良い作業方法もわかるようになるのである。

 同僚のロバート・カイリュー氏の助けを借りながら、最初の3年はWebを広めるための説得期間だった。NexTが全く普及していなかったため、他のプラットホームのWebクライアントが必要だった。そしてついに、Erwise, Viola, Cello それにMosaicといった各ブラウザが次々に登場してきた。次に我々が必要としたものは、インセンティブや実例を提供してくれるシードサーバーだった。そしてこれに刺激された世界中の人たちがあらゆるものを投じた。 

 '91年の夏から'94年の夏までの3年間、最初のWebサーバー("info.cern.ch")への負荷量は、毎年10倍の伸びを見せた。'92年には学究界が、'93年には産業界がこれに目をつけ、私は今後の展望を示すよう迫られていた。幾度となく議論を重ねた末、'94年9月、W3Cを創設することとなった。W3Cは、米国のMIT、フランスのINRIA、日本の慶応義塾大学を拠点としている。中立でオープンなフォーラムであるW3Cは、Webの将来性を重要視する企業や団体がさまざまな立場から意見を交換し、新たなコンピューター共通プロトコルに合意する団体である。W3Cはこれまで、問題提起、設計、コンセンサスに基づく決定を行うに際しての中心的役割を果たし、優れた視点でWebの展望を読んできた。 

 '90年代、あらゆるマテリアルがWeb上へ大量に流れ込んだため、夢の第1章はほぼ実現された。ただ実際問題として、インテュアティブ(直感的)ハイパーテキスト作成ツールにアクセスできる人はまだほとんどいない。夢の第2章はまだこれからだ。だが明るい兆しや計画がいろいろ出てきている。情報分類や情報代価の支払いに便利な「情報のための情報」へのニーズはかなりなもので、その結果、機械処理用にデザインされたWeb言語が活発に設計されている。現在Web上では人間が解読できる文書と機械が理解できるデータとのリンクが進行中である。Webを通して共同作業をしたり通信し合う人間とコンピュータの各々の得意とするものを合わせれば、その可能性は無限大になるはずである。